教育実習後、留学を決意。専攻変更でアメリカ大学院へ

橘くん1

 

坂本さん(仮 23歳)

アメリカのUniversity of Connecticut修士課程でAgricultural and Resource Economics(農業・資源経済学)を専攻中。卒業後は穀物を扱う商社で規模の大きな取引を担うのが夢。4大穀物メジャーの一1つから来年夏のインターンシップを獲得してる。

(写真左から2番目が坂本さん)

教育実習の後、進路変更

教育大学からは(当たり前ではあるが)大半が教員採用試験を受け教師を目指す。教員でなくてもその他の公務員など保守的な職業を選ぶ学生が多い。そんな大学の中で坂本さん(仮 23)のとった進路は特異だろう。教員養成課程の保健体育科を卒業後、アメリカへ渡り現在大学院で農業・資源経済学を学んでいる。

北海道で生まれ育った坂本さんは父親も母親も教育職。物心ついた頃からなんとなく自分も将来教師になるのかなと漠然と思っていた。高校時代は野球に没頭し、大学は道内で体育の教員になれる所を選んだ。

転機は学部3年時の教育実習。これまで生徒、学生の立場から日頃関わる中で漠然とイメージしていた教員という仕事。いざ教える側に立ったら新しくやりがい、挑戦、仕事への情熱など何かが自分の中に芽生えると期待して望んだ実習だったが、予想外に何もなかった。ふと、これから40年その仕事をしていく事が恐くなった。

「勘違いできる人間なんですよ」と自分の性格を話す坂本さん。言い換えるならモチベーションの高い人、夢をみれる人だろうか。高校時代は本気で甲子園にいけると思っていたし、高い目標に向かって突き進むのが好きだと語る。そんな坂本さんは学部3年の途中、教育実習を経て、敷かれたレールの上を走っている不安に駆られる。そして、何か自分の心を駆り立ててくれる新しいチャレンジはないかと考え、大学院留学を決意した。

そうはいっても、英語を専攻しているわけでもない坂本さんにとって教員養成からの大学院留学はなかなか厳しい道のり。院ともなればTOEFLスコアはibt80は最低必要だろうし、推薦状やエッセイなどもちろん全て英語。それでも「交換留学だと楽な留学生活送ってしまいそうだったので、正規の留学がしたかったんです」と振り返る坂本さんは、猛勉強を始めた。大学4年の秋頃、坂本さんは英語弁論大会の全国大会に出場することになった。大会のHPに、全国予選を通過してきた弁論者とその所属大学がリストアップされていた。誰もが聞いた事のあるような名だたる大学が並ぶ中に、ポツんと一つ北海道教育大学とあった。その後、大学院へのAdmissionを勝ち取る。

アメリカ大学院での生き残り

Public Ivyの一つに数えられるUniversity of Conneticutに坂本さんは入学した。FaceTime越しに久々に見る坂本さんは、日本で会った時にはなかったピリっとした緊張感があった。

「東海岸のPublic Ivyは、B−(マイナス)をとった時点でキックアウトなんですよ。」80点でB評価、平均点が60点のテストだってある。実際に東大出身の日本人学生が前の学期で消えた。アメリカのテストはペーパーテストだけではない。グループワークにディスカッション、プレゼンも含め評価される。「自分もいつキックアウトされるか、プレッシャー半端ないです」と危機感のある表情。現在のクラスメイトはアメリカ人10人、中国人5人、イタリア1人、ドイツ1人、その他南米やアフリカの国から数名と坂本さん。グループワークでは多様なクラスメートの中でリーダーシップを取り進めていく事が求められる。課題の量が多いことでも知られるアメリカの大学。日本の大学とは比べ物にならない勉強量と、異なる評価基準の中でふるいにかけられる。

農業経済学、職業を選ぶ価値観

坂本さんが農業経済学関係の学部を志望した理由は2つ。まず1つ目は元々食に興味があった事。幼い頃アレルギーで卵や特定の添加物など食べられないものが多く、それをきっかけに関心をもった。教育大時代も運動学やスポーツ社会学、スポーツ心理学などいくつかあるゼミの中でスポーツ栄養学ゼミに所属していた。2つ目は、坂本さん自身スケールの大きなものにドキドキする性格。全校生徒に応援される高校野球、全校生徒約400人の前での合唱指揮者などが一番心が踊った思い出。仕事でもやるならスケールの大きな取引をしたい。食料の貿易で言えば、エビやバナナよりもトウモロコシや小麦をやりたいと語る。

そんな坂本さんの職業を選ぶ基準は①世界で勝負できる仕事、②スケールの大きな仕事であること、③一緒に仕事をしたいと思える人がいること。

今後のインターンシップ、就活

坂本さんは4大穀物メジャー企業の1つでのインターンシップを勝ち取っている。13人程度の枠にYale, Harvardなど有名大学から何十もの応募がある様な、競争率の高いインターンシップだ。来年の夏に10週間に渡り行われる。留学も1年が過ぎ、成果が形となって現れてきた。

2016年の夏卒業予定。現在日本での就職活動も視野にいれ検討中。規模の大きな米企業に惹かれつつも、日本企業の若手社員の育成制度も魅力的に写るという。専攻を変更しアメリカ大学院へと飛び込んだ坂本さん。残り1年突っ走る。

最後に

大学3年生頃にその後の進路を考える機会が増え、いま自分がいる所が自分のやりたい事ではないと気づく事は良くあると思う。坂本さんはそこで実際に行動を起こした人。実際に気が付いても、現実的になり思い留まる人の方が多いかと思う。周囲が教員採用試験へと向かっていく中、ひとり別の道を行った坂本さん。当時周りの人間にはどう見えたか分からないが、その夢を今叶えつつある。

面白いのは、坂本さんが進路変更を決意して走り始めた後、英語弁論大会やアメリカ大学院、留学先でのインターンシップ選考など、日本の基準とは異なるふるいにかけられた時に格上の大学を蹴落として残っていること。何かを思い立つ時期は人それぞれ。やりたいことを見つけた時にそれに没頭できる人の成長って凄い。きっとそれは所属している大学名とか、年齢では判断できない。

2015年05月18日 | Posted in 留学 | タグ: 2 Comments » 

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