関心のままに行動し見えてきたなりたい姿。それを見据えて今、働く

若菜さん
若菜さん(仮 26)
高校、大学、大学院の学生時代を、留学などで一貫して中国の語学や文化に触れて過ごす。現在、金融系の企業で働く社会人1年目。
<略歴>

  • 16歳:中国蘇州へ交換留学
  • 20歳:清華大学へ1年間留学
  • 23〜25歳:清華大学大学院へ進学
  • 26歳:金融系の企業に就職
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    関心のままに行動し続けた高校・大学時代

    高校は普通科ではなく、海外に視野を広げたいと中国語コースを受験し入学した。授業では毎日のように中国の文化や言語について学ぶ授業があり、高校2年生の時には2ヶ月間の短期留学で中国の蘇州に行った。語学の勉強に加えて、観光地を廻るなど現地の文化に触れた。同時に、あまり衛生的ではない食べ物や水、生活の貧しさも目の当たりにした。普通だったら戸惑いそうなところだが、若菜さんは馴染みやすさを感じたそうだ。

    大学は文学部に進学したが、2年生から商学部のゼミに所属した。東南アジアにおける日系企業の雇用の創出をテーマとし、タイやマレーシア、シンガポールなどの発展途上国の経済発展について研究をした。ゼミ配属と時期を同じくした2年生の時、中国の清華大学に1年間交換留学に行った。当時のことを若菜さんはこんな風に話していた。

    若菜さん:現地の大学生の経歴はめちゃくちゃでした。意見も違うし、みんな違うのがなんだか楽しかったんです。自分が主張できることが大事だと感じましたし、「変であること」が重要だってその時思いました。私がいたその時の環境は、大多数の意見だけがその場のメジャーな決定に影響するのではなく、一人一人が少数派でありながらそれぞれの個性、例えば、国や文化、経歴などの強烈なアイデンティティを持って意見をかわすという環境でした。ですので、いかに「オリジナリティ」や「人と違うこと」を発揮がするかが求められていましたし、みんながそれぞれ強く発言するという雰囲気には違和感をもたなくなりました。その時の友達は、国連に行ったり、研究者になったり、なぜかディズニーランドで働いたりしています。とにかく、すごく刺激を受けました。

    研究活動を通して考えた自分の存在意義

    大学院は清華大学に進学することを決めた。中国の大学院は3年間。家計的に3年間の学費と生活費は厳しかったため、中国政府の奨学金に応募することにした。応募するには、高校と大学の成績と推薦状に加えて、研究計画書の提出も必要だった。研究は「中国農民工の都市における社会包摂」をテーマとしたいと考えていた。中国は沿岸部の方が経済が発展しているため、内陸部から労働者が来る。しかし、戸籍を内陸部から沿岸部に移せないように規制されているため、出稼ぎ労働者は沿岸部では社会保障を受けられない。

    中国の農村出身の出稼ぎ労働者を農民工と呼ぶが、この農民工の人たちが中国でどのように生きているかを研究したいと考えていた。しかし、中国政府の奨学金を受けるにあたって、このような政治に関連したテーマを扱うのは難しかった。研究計画書を作成する際には、清華大学の先生の協力も仰ぎ、アドバイスをもらい内容を吟味しなんとか奨学金を得ることが出来た。

    大学2年生以来の清華大学だったが、当時とはまた違った人たちとの出会いがあった。その人たちとの出会い、体験について若菜さんはこう話していた。

    若菜さん:研究活動をする中でいろいろな人たちにインタビューしました。その中には、自分の生活を捨てて、自分たちが思う正義のために戦っている人もいました。女性の元弁護士の人にも話を聞いたのですが、着ている服はボロボロでした。彼女たちは人のために様々なものを捨てて戦っていました。その時、なんだか自分が恥ずかしくなるような感覚を覚えて、自分の存在意義のようなものを考えてしまいました。

    なりたい自分へ今、働く

    就職活動は清華大学に身を置きながら行わなければならなかった。日本にいる学生のように、時間を見つけて企業の説明会に参加することなど出来なかった。同じく清華大学に来ている友人に話を聞くと、シンガポールでキャリアフォーラムがあり、企業説明会から面接まで一気に受けられることを知った。これまでの研究や中国での体験を経て、NGOに入りたいと思っていた。しかし、NGOは就労経験があり何らかの専門性がある人が入るのが一般的で、今の自分が入るべきではないと思った。そこでまずは企業に入り、自分が出来ることを伸ばていこう、まずは自分がしっかりしなくてはと思った。

    これまでも周りの多くの人に刺激を受けてきた。だから企業選びも、魅力的な人に巡り逢えるかが一つの大事な点だった。あとは教育制度。早く一人前になりたい若菜さんにとって、教育制度が整っていることも大事だった。キャリアフォーラムで数社の面接を受けたが、人事の方とのやりとりなどから今の会社に決めた。

    業界のことや企業のことを細かく知っているわけではなかった。清華大学の卒業月の関係で、他の同期よりも少し遅れて入社した。入社時研修も受けていないので、同期からミスを指摘されることもしばしば。今はわからないことばかりだが、自分の弱点を克服し早く一人前になるために日々鍛錬だと思って頑張っている。発展途上国の支援など社会性の高い仕事に就きたいという目標は変わっていない。長い間海外を意識して実際に身を置いてきた若菜さんは、日本だけを意識しているわけではなく、地域や文化など関係なく相互に発展できるwinwinの関係を成り立たせる、そういう仕事がしたいと強く思っている。

    最後に

    自分の関心のままに突き進んだ高校から大学院。そこで刺激を受けて楽しい学生生活を送っただけでなく、中国や途上国における労働環境について知見と専門性を深めていった若菜さん。それでも少し壁があったNGOという道。今は別の専門性を身につけ、その壁を突破しようとしているのだろうなと思います。いろいろと苦労はされていると思うのですが、それでも進み続けられるのは、関心に従って現地に行き、実際に目の当たりにしてきたからなのかなと思いました。その体験から突き進み続けるエネルギーを得たのだろうなと感じました。

    2015年10月21日 | Posted in NPO・NGO, 留学 | | No Comments » 

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