会社員から芸術家へ。自分と向き合って決めた生き方。

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吉田竜平さん(29歳)

熊本県在住の芸術家。現在はイタリア食堂Bocciolo(ボッチョーロ)でバーテンダーをしながら、古民家のリノベーションに取り組む。2011年、広島大学大学院で理学修士号を取得後、不動産会社に入社。2011年4月から半年間大阪勤務、その後福岡に転勤。福岡勤務時に創作活動を始め、2014年には福岡R不動産のアートスペース「FUCA」のアーティスト育成プログラム、及び福岡パルコ「天神ラボ2014」参加アーティストに選出される。同年、勤めていた不動産会社を退職し、古物を組み合わせるスタイルの作品制作に着手し始める。神戸市出身。

転身のきっかけ、作品創りのはじまり

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レコードを用いた雑貨創りがはじまりだった。

福岡に転勤後、この地でも人と深く関わっていきたいと思っていた。人と深く関わるきっかけとして何かモノが欲しいなと思っていた。前に一度レコードを使った作品を創るアーティストに会い、気になっていた。そんなきっかけでレコードの雑貨創りを始めた。様々な人たちと知り合う内に、次第にお店に作品を置いてもらったり、ギャラリーに展示してもらったりと、自分の作品を披露する場が増えていった。同時に、芸術家仲間も出来た。絵画や彫刻など作品のジャンルは様々であったが、「初めは商品を作ること、売る事に注力していましたが、周りのみんなは自分の好きなものを創っていました。自分も好きな様に作品を創ってみたいと思ったんです。」と吉田さんは話していた。そこから徐々にのめり込んでいく。

2014年、福岡R不動産のアートスペース「FUCA(フーカ)」のアーティスト育成プログラムに選出された。FUCAは、福岡R不動産主催のプログラム。福岡R不動産の代表がアメリカのポートランドに行った際に、現地に芸術があふれていることに感銘を受けた。一方で、福岡にはそういった場が少なく、芸術家を育てる風土も弱いことを感じた。そんなきっかけで始まった取り組みだそうだ。

2011年に始まったFUCAは、1年に4人ずつアーティストを選出する。吉田さんは3期目のアーティスト。選出されたアーティストは10平米のアートスペースを1万円/月という安価な家賃で借りられる。また、100平米のイベントスペースがあり、同居する他のアーティストと日程を相談しながら、いつでもイベントを開ける。半期に一度は、同期4人のアーティストでグループ展示会を開くことになっている。その企画準備の際には、皆譲れないところがあり、口論になることもしばしば。かなりの試行錯誤があったようだ。そうして完成した展示会。

吉田さん:すごくいい空間を創れて満足しています。その場にいると、厳かな気持ちになるというか、落ち着くというか。例えば、街中にはいろんな空間がありますよね。賑やかな商業施設や、落ち着けるカフェなど。その人にとって重要な気付きが得られる場所って、それぞれあると思うんですが、個々人にとってそこは特別な場所になると思うんです。そういった特別な空間作りが自分に出来るのであれば、たくさんの人達の人生をより良くできる可能性があるな、ってその時強く感じました。

退職、転身、そして今

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吉田さんは2014年9月に福岡PARCOで行われた「天神ラボ2014」の参加アーティストに選ばれた。それまでは、会社にはあまり芸術活動の事は話していなかった。だが、天神ラボは大きなイベント。このまま会社に伏せたまま活動を続けるのは難しいと感じた。そこで、退職を決意。芸術活動に専念することにした。FUCAにも長くいられるわけではなかった。貸出できるアートスペースにも限りがあるため、1年で卒業と決まっている。2015年3月、吉田さんはFUCAを卒業した。

この頃になると、福岡にもいろいろな知り合いが出来ていた。そのつながりが、今の吉田さんの生活、やりたいことに影響を与えている。まず、福岡で知り合った友人から「熊本でイタリアンの店を手伝ってくれないか。」と誘いを受けた。その人は吉田さんと同い年。今はその誘いを受け、バーテンダーとして働いている。また、吉田さんの作品を見たとある方から、「このセンスでマンションのリノベーションをしてくれないか。」と頼まれた。吉田さんが、元・不動産会社勤務で宅建の免許を持っていることもあってのことだろうが、リノベーションの経験はない。そこで、まずは熊本の平屋のリノベーションを行っている。平屋は、取り壊すかどうか迷っていた家主から、「綺麗にしてくれるんだったら、タダ同然で住んでいいよ。」と言われた。いずれは、家主に返すことになるが、今は特に期限を決めることなく、住み込みでリノベーションをしている。人と深く関わっていきたいと思って始めた作品創り。今は、求めていた通り、人との深い関わりの中で生きている。

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(写真左が吉田さん)

リノベーション、そこから伝えたいこと

「FUCAで偶然出来上がった厳かな雰囲気の空間を、意図して作れるのであれば、自分もそれを創れる人間になりたい。」そう話していた。FUCAの展示会が相当に印象深かった。そしてこう続けた。

吉田さん:自分でそういった店舗を創って、モデルルーム的に他の人に見せたいと思っています。空間作り、内装の世界に入りたいと思っているんです。ネットインフラの普及によって、1人で商売することが難しくなくなっていると思うんです。市街地の周辺地域も今後家賃は下落し続けます。人口は今後減っていきますが、人々の新築崇拝は変わらず、不動産は供給過多の一途を辿るからです。自分のお店が欲しい人ってたくさんいる気がするんですよね。お金がない、やり方がわからないという人に、こんなに簡単に安く出来るということを伝えたい。やる気になったらなんでも出来ると思うんです。

これまでの「作品」が「空間」に変わるだけで、作ることにはこだわりたい、大事にしたい。作品を創っている時、吉田さんはそれに没頭しているのだと思う。その一方で、周りを助けたい、幸せにしたいという愛情も持ち合わせている。「兄貴分」そんな言葉がイメージとしてぴったりだろうか。兄貴分の芸術家、あまり想像をしたことがない人種だ。

アメフト

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ふと、吉田さんから切り出された。「このサイトの想いという記事読みました。スキーの話。僕、その話共感出来るんですよね。」と。吉田さんは、高校からアメリカンフットボールを始めたそうだ。広島大学時代には、中四国リーグベストイレブンに選出され、東海選抜戦では最優秀守備選手賞を受賞するなど活躍をしていた。大学卒業後は、さらに上を目指そうと、アサヒ飲料チャレンジャーズというチームの開幕メンバーに入るべく練習に参加していた。だが、チームの活動拠点は大阪。毎週、広島から鈍行で練習に通った。数ヶ月を過ぎると、お金が尽き始め、練習に通うことを断念、チームからも離れた。心も少し折れていた。

だが、「今でもアメフトをやりたい気持ちがあるんです。夢に出てくることもある。」とその気持ちを話してくれた。趣味の範囲ででも出来るのではないですか、という私の質問に対しては、「やるのであればちゃんと体を作ってから始めたい。」とアメフトへの本気度が伝わってくる答えだった。今は、熊本大学にアプローチをして、コーチをすることが決まっている。

自分に向き合うことは難しい。だけど、大切なこと。

アメフトの話から、私がなぜこのような活動をしようと思ったかのきっかけの話になった。そして、吉田さんはこんな話をしてくれた。

吉田さん:考えないほうが楽ですよね。自分の心の奥底には触れずに、毎日を楽しく過ごす方が精神衛生上絶対良い(笑)。でも、毎日を無意識に忙しく働くのと、働くのを止めて、一旦自分のやりたいことについて立ち止まって考えるの。どっちが蟻でどっちがキリギリスかわからないなと思いました。あくせく仕事はしているけど、そういうことから目を背けるのはキリギリスのような気もするんですよね。

続けて、こんな話もしてくれた。

吉田さん:やりたいことがいっぱいあるんですよ。作品作りもしたいし、空間が気になる店巡りもしたい。店舗デザインも依頼がきているし、古物商もとりたい。やらないことは勿体ない。5年10年したら今のように思いつかなくなるかもしれないですし。自分も芸術で一生やっていくと決めたわけではない。今やりたいと思ったことをやるのが一番大事だと思っています。

創作活動に加えて、アメフトもやっている。真正面からやりたいことをやれている吉田さんを羨ましいと思う人は多いのではないだろうか。だが、そんなに簡単なことではないはずだ。会社を辞めて、安定的に収入を得られなくなる不安。自分の可能性への不安。人によって感じる不安の種類とウェイトは違うが、少なからず不安はつきまとうはず。そんなことを思いながら、転身して自身に感じる変化は何か、聞いてみた。

吉田さん:出来ないことは何もないと思えるようになりました。例えば、今イタリアに行きたいと思ったとしますよね。お金無かったら親戚中に土下座して回ればお金は集められる。その後、必死で働いて返せばいいわけですから。

このような変化には、様々な人との出会いが影響しているという。いろんなバックグラウンドを持っている人に会い、少し真面目に生きすぎたかな〜と思った。後ろ指を指されるのも怖くないとも話してた吉田さん。ここで少し疑問を感じた。後ろ指を指されることも怖くなく、自分の思いのままに突き進める人、そのような人が「リノベーションで周りに出来ることを示していきたい」と思うだろうか。なんとなくであるが、あまり周りに気をかけず、ひたすら前に進んでいきそうなもの。聞いてみた。

吉田さん:昔は違ったんですよ。元々は悩みがちなタイプだった。だけど、アメフトが変えてくれたような気がします。はっきりとは言えないですけど、アメフトでの経験が根拠のない自信を自分に与えてくれたような気がします。

今でこそ出来ないことはないと思えるようになったが、昔は違った。だからこそ、何かをやりたいと思っても、いろいろと障害を感じて、踏み出すことが出来ない人の気持ちも分かる。それ故に持てる周りへの愛情。どんな空間が出来上がるのだろうか。是非、見てみたい。

ライフスタイル

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ちょっと気になったので、どんな生活をしているのか聞いてみた。イタリア食堂Boccioloは月曜日の定休日以外は、ランチとディナーの両方営業している。朝10時半に出勤し、夜中の12時頃に帰る。ランチとディナーの合間と定休日の月曜日に、やりたいことをとにかくやる。月、水、金は帰った後で1時間程度デッサンの練習もしている。「蟻っぽく働いているんですけど、気持ちはキリギリスなんですよ。」と吉田さんは話していた。毎日、忙しくもデッサンなどの自己研鑽も怠らない。アメフトをやっていたからだろうか、ストイックだ。偏見かもしれないが、ストイックな芸術家とは少し不思議な感じだ。やはり自分らしい生き方をしている人はおもしろい。

最後に

今は作品創り、リノベーションとアメフトに没頭する。少し前は理系大学院卒、不動産会社勤務。芸術家でありながら、ストイックな一面もあり、哲学的でもある。やってみることに自分で制限をかけない、そんな生き方が吉田さんの多様な一面を醸成しているように感じました。

転勤というきっかけと、人と深く関わりたいという思いから始まった芸術活動。でも、ここまで深くのめり込むためには、当然リスクもありました。そのリスクを負うだけの度量と、周りに対する愛情。これらは、吉田さんのアメフトをはじめとした、これまでの人生によって築かれた人間性あってこそだと思います。

ちょっと会わないうちに「少し変わったかな?」とか「なんでいきなりそんなことをやり始めたの?」と友人に対して思うことはありませんか?私は結構あります。それは、いきなり訪れたものではなく、それまでの蓄積あってこそのものなのでしょう。決して、右肩上がりではない。でも、何かのきっかけを掴んだときにそこに飛び込んで、自分の幸せを掴み取る。人生とはそういうものなんだな、そうやって前に進んでいくんだな、と改めて感じさせてくれるインタビューでした。

2015年07月20日 | Posted in 芸術・芸能 | | No Comments » 

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